"分からない"を楽しむための処方箋

科学者の良心は“分からない”という感性の中にある。皮肉にも勉強が“分からない”ばかりに科学を嫌いになってしまった全ての人々へ。 この文章は、“分からない”という気持ちをプラスに転じるための、ひとつの処方箋である。

 

科学とプラモデル

突然ではあるが、プラモデル、あるいはジグゾーパズルの箱を心に思い浮かべていただきたい。もしこの箱を開けたとき、完成品のプラモデルが入っていたとしたら、どうだろうか。何かしら落胆することは間違いないであろう。僕らがプラモデルの箱の中に期待していたのは、既に形作られた何かではなく、自分の手で小さな部品を組み立て、形を作っていく、言わば創造への旅路だったのである。

完成品ではなく、そこに至る過程にこそ醍醐味があるという意味では、科学はプラモデルに似ている。

例えば「りんごは引力に引かれて地球に落ちる」という文言をしばしば耳にするが、実はこの知識自体に科学の味わいがあるのではない。何故そのように考えられるのか、その由を自分の身を持って咀嚼していく過程にこそ、科学の深い味わいがある。科学という箱の中に込められているのは、引力という単なる言葉ではない。「りんごが落ちる」という未知へと向かう、小さな旅路なのである。

ではこの未知への旅立ちに向けて、僕らは始めの一歩をどう踏み出せばいいのだろうか。

“分からない”ことの正当性
僕が「大学で物理学の研究をしています」と挨拶をしたときに、しばしば「私は高校のときに物理が本当に苦手だったんですよ」という答えが返ってくる。しかし意外にも、そうやって「高校物理が苦手だった」という人に限って、実は物理学の才能に溢れていることが、多々あるのである。

これは居酒屋で飲んでいたときのことだが、店長が「高校の物理の滑車の問題でな、どこでも糸の張力が等しいって言うんだよ。俺はそれがどうしても分からなかった。分からなすぎて今でも憶えているくらいだ。それからもう、物理はダメだ」と昔の話をしてくれた。

実は、店長が分からなかったというのも当然の話なのである。糸の張力が一定であるということを「力学的に証明」するには、糸の質量を0だと見なした上で、糸に関する運動方程式を解かなければならない。しかし、滑車に用いるロープには当然のことながら質量があるのだから、現実問題として、糸の張力は一定ではないのだ。従って、店長が「糸の張力が一定なのが分からない」と思ったのは、優れた物理的直感に基づく正当な“分からない”だったのだ。

この一例が示すように、高校時代に物理が苦手だったという人に限って、本当はすごく物理的な感性が豊かな人が多い。つまり、平凡な人であれば自分が“分かっていない”ことに気付かないので、物理が“分からない”と思い悩むことはないのだが、物理的な感性が鋭い人は自分が“分かっていない”ことに気付いてしまうからこそ、物理が“分からない”と悩んでしまう。

“分からない”が始めの一歩
松本眞さんという方が、コロンブスの卵とニュートンの林檎の寓話について、面白い意見を寄せている。コロンブスの卵とニュートンの林檎は、似ているようで全く趣を異とする寓話なのだ。

まずコロンブスの卵は、卵を立てるという難題を、卵の底を割ることによって解決する寓話である。この卵の底を割って立てるということは、それに気づけば誰でもができることであり、この寓話ではコロンブスの“できた”が讃えられ、他の人々の“できなかった”は蔑まれる。

一方でニュートンの林檎は、木から落ちる林檎をみて、万有引力の法則が“わかった”という寓話である。この話においても、僕らはニュートンの“わかった”を讃え、他の人々の“わからなかった”を蔑むことで、話を終えてしまっても良いのだろうか。松本さんは、否と答える。実は、林檎が落ちることを見ても万有引力の法則を“わかる”ことはないのである。本当に万有引力を“わかる”ためには、他にも様々な現象の観察を重ね、微積分などの数学的な概念までもを用いる必要があるのだ。本来は“わからない”ものであるはずの万有引力を、コロンブスの卵のように簡単に“わかる”ものだと思い込ませてしまうこの寓話は、“わからない”を本質とする科学の精神には反するものであろう。

そこで僕は、ニュートンの林檎の寓話を少し書き換えてみたいと思う。元々の文章では、ニュートンは万有引力が“分かった”から偉かったということになっているが、そうではなくて、林檎が落ちるという当たり前のこと、それまでは誰しもが“分かる”と感じていたことを、ニュートンだけが”分からない”と思ったからこそ偉かったのだと言いたい。そうして、林檎が落ちるという“分からなさ”、これに立ち向かう人々の努力が、万有引力に対する深い理解へと繋がっていったのだと。これは、“分からなさ”こそが科学の第一歩だということを伝える新たな寓話である。

科学とは、世界を“分からなく”なることから始まる。「え、りんごが落ちるなんて不思議!?」と、世界を驚きのスープに浸すことから始まるのである。それは、世界に未知を生み出すことでもある。科学は未知を既知にしていく営みだという印象が強いが、むしろ既知だと思っていた物事を未知なる物事として捉え直していくことこそが本質である。

世界に対しての認識を肥やすという事は、単に“ある対象に付いての知識”を知っていく事ではなく、“ある対象に付いて知らないと気付いてさえいなかった事”を知っていくことである。そのためには、如何にして世界に問い掛けるのか、ということが大切である。

小林秀雄さんが「命という大問題を上手に解こうとしてはならない。命のほうから答えてくれるように、命にうまく質問せよ」と述べているが、これは科学の何たるかを的確に射抜く一言である。優れた問掛けは、人生の景観に彩りを与える。

“分からない”という優しさ

ここでひとつ、科学の効用というものについて考えてみたい。一般的には、最終的な科学知識、及びそれらを応用して得られる科学技術こそが、科学という大樹の唯一の果実だとされている。

しかし少し時代を遡って、福沢諭吉の教育論集に収められた「物理学の要用」という文章を眺めてみれば、諭吉は物理学の個別的な知識の転用を期待して、物理学を日本へ導入したのではないことが分かる。諭吉が期待を寄せたのは、物理学を営む上で自然と身につく倫理観に対してであった。

“分からなさ”へと向きあう姿勢こそが、物理学を営む上で自然と身につく倫理観のひとつである。“分からなさ”へと向きあうことは、”見えない背景”へと想いを馳せることに繋がる。そうして“見えない背景”へと想いを馳せられる人は、人のことを、命のことを大切にすることができる。人の身になって考えるということは、その人の背景に広がる見えない苦労を想像することに他ならない。命を尊ぶということは、古代から紡がれてきた命の糸、その糸が紡がれるまでの様々の知恵と苦労を想像することに他ならない。

僕が物理学者として、自然という“わからないもの”に向き合い続けるのは、そうすることで“見えない背景”へと想いを馳せる、その心の姿勢を保ち続けるためなのだと思う。そうして僕は、物理をやっていない時よりも少しだけ、人を、命を、自分を大切にできるようになった気がするのである。

例えば物理学には、磁石や静電気などの現象を扱う電磁気学という分野がある。この電磁気学では、磁石が反発することや、静電気で紙屑が下敷きにくっつくことなど、そういった“見える現象”の裏にたたずむ、電磁場といった“見えない背景”に視線を捧ぐ。 電磁気学を学ぶということは、人類がどのようにして磁石という“分からなさ”に向き合い、どのようにして電磁場という“見えない背景”に想いを馳せるよう になったのか、その歴史を学ぶということに他ならない。

“分からない”を携え歩む道、あるいは未知

いま思えば、大学は“分からなさ”に向き合う場としては最適な場所であった。まず授業を聞いても全然わからない。何が分からないのかさえも分からない。“分からない”というのはこういう事なのか、ということだけが妙に分かったりする。

更に友達が勧めてくる本も、全然わからない。数学の本を開いても分からないし、哲学の本を開いても分からない。今でも多くの本が「あなたはいつまでたっても私のことを分かってくれないわ」と愚痴をこぼしながら、本棚で寂しそうな背中をみせている。あきれ果てたのか、ふてぶてしく横になって寝ている本もいる。 たまに「ごめんね」と謝りたくなる。

しかし不思議なもので、“分からない”と思っていたものも、分からないなりに頭の中にしまっておくと、数年後くらいにふと、そういう事だったのかと腑に落ちたりする。そう思うと、“分からない”ということ自体はそう大きな問題ではない。“分からない” に耐えられないことこそが問題なのだ。頭の中に“分からなさ”を養ってやるだけの余裕が必要である。

世の中では科学の万能性ばかりが雄弁に語られる。しかし、実際に科学をやってみて実感するのは、科学によって“分かる”ことは、世の中の0.1%にも満たないであろうことである。逆に言えば、世の中には99.9%もの未知が溢れている。“分からなさ”を心に携えて歩む道、あるいは未知。この文章が、そのような“みち”へと一歩を踏み出す、ひとつの切っ掛けになればと思う。